4月27日(土)は南房総市池之内に御鎮座する『熊野神社』へ行ってきました。

GW初日、高速道は意外と出掛ける時間が分散しているせいか普段の週末より空いていたりする。(もちろん行く場所にもよるでしょうが。)

10:30に家を出発して東関道館山線を南下。思った通り流れは良い。毎回詰まる君津IC先の車線が減る場所も速度は落ちるが止まることなく流れていた。東京あたりの方はGWで出掛けるなら房総よりは信州や東北に出掛ける人が圧倒的に多いです。GWの房総は空いていて普段の週末より本当に快適に走れます。

まずは久しぶりの館山にある野菜売りのお店で、甘夏(そろそろ八朔が終わりの為)や大根を購入。次に先日寄った100円の無人販売所でフキを買う。

そしてオニギリタイムは道の駅『三芳村』へ。ここもいつもの週末より空いていてユックリ気持ち良かった。
ここでは玉ねぎを仕入れから青空の下でオニギリタイム。今日は天気が良いし青空が気持ちいい。
食後のひと休み後、熊野神社へ向かう。

小さな村の神様。
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参道を見ると草が生えてる。おそらく氏子の方々が訪れる以外は、訪れる人は殆どいないようです。
奥に石段が見える。この鳥居には年号などが見当たらなかった。(私が見つけられなかっただけか?)
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鳥居を潜り参道を進みます。石段まで30メートルくらいか?
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石段の向こうに社殿が見える。
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石段は17段ほどですがごく一般的な斜度で急というほどではない。だいぶ歪んでいる箇所はあります。とくに上のほうでは御神木とも言える大杉の根が長い年月の間に石段まで入り込んでしまって石段を崩しています。
石段を作った当時(たぶん江戸時代)の職人さんたちは、石段が将来このような状態になるなんて想像も出来なかったでしょうね。
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石段を上がるとすぐ左右に灯篭が建っている。石段上がって右側の灯篭。
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並ぶようなすぐ脇に壊れたような灯篭があった。一世代前のものか?
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なにか彫られているようだが読めなかった。
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石段上がり左側の灯篭。どう見ても右側の灯篭と形が違う。よく見ると右側の灯篭は火を灯す部分とその下の傘の部分が無くなってます。その無くなっている部分の石は境内のどこかにありそうな気もします。
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灯篭は文政6年(1823年)の作です。
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手水舎。
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天保7年(1836年)作。この中に水が入れられることはおそらく無いだろう。
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石段上がった正面が社殿。
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拝殿と本殿が一体の作りです。
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社名に熊野と付くからには紀伊熊野三山からの神様の分霊を勧請されたのでしょう。s-IMGP2004

社殿左側に灯篭の土台のような石が並んでる。これらも古い世代の灯篭だったのだろう。字は彫られているようだが、全く見えないに近い状態です。
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天満宮。石は新しいので近年の作ですね。台座の石は多少は古そうです。
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社殿右側にも神様がいらっしゃいます。5か所に祠がありましたが昔はもっと多かったようにも思えます。一番右の祠は屋根の部分の石が落ちていて無かったです。
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この辺りは石が沢山落ちています。右下の石が右奥の祠の屋根石にも思えますが、やたら動かす訳にもいきません。
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彫ってあるであろう字を探しましたが過ぎた年月の長さが物語っているように読めるような字は見当たりませんでした。
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村を見守る神様の社。
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社殿から石段方向を見る。
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御神木であろう夫婦杉。ここから見ると右側の杉が石段に根が掛かっている方の木です。
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さあ、帰ります。夫婦杉(自分でかってにそう言ってスミマセン。)の間を通って石段を下ります。
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だんだん神域から下界に戻ります。
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江戸から平成に戻ります。
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振り返って眺める。
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今日も清々しい気持ちになれました。
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さてと帰りは鴨川~大原~睦沢~ウグイスラインで帰りましょう。
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本日の走行距離226キロ。

PS.帰り途中で開通したばかりの圏央道の下を通りました。結構交通量ありましたね。はやく全部繋がらないですかね。大栄JCTと松尾横芝ICがまだまだ無理のようですね。